&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

防衛費増額の財源確保へ、2027年1月に所得税増税を検討

与党の税制調査会は、2026年度税制改正大綱の取りまとめに向けて協議を続けている。大きな焦点となっているのは、防衛力強化を目的とした所得税の引き上げだ。政府・与党は2023年度から2027年度までの5年間の防衛力増強計画の財源として、2023年度税制改正大綱に、防衛財源確保のための増税方針を明記した。そこで示した3つの増税のうち、法人税とたばこ税については2026年4月から引き上げることをすでに決めている。
 
他方、所得税の引き上げについては先送りされてきた。2023年度税制改正大綱では、所得税1%に相当する税を新設する案が記された。同時に復興特別所得税の税率を1%下げることで相殺し、単年度の税負担は増えない仕組みとした。ただし、復興特別所得税の課税期間が延長されるため、長期的には国民の負担増となる。
 
この当初の仕組みを踏襲する方向で、所得税引き上げの議論が与党税制調査会で進められている。2027年1月に現行の所得税額に1%を付加し、2,000億円強を確保する。
 
ただし、連立を組む日本維新の会は、野党時代に防衛増税に反対しており、今回の政府・自民党案を受け入れるかどうかは明らかではない。また野党の反発も強まるとみられ、立憲民主党は既に、3つの防衛増税をすべて撤回するように求めている。

高市首相は長期金利の上昇、円安進行を警戒し始めたか

岸田政権下で2022年12月に防衛増税の方針が示された際に、高市首相はこれに強く反発していた。積極財政を掲げる高市首相が、増税を容認する姿勢であることはやや驚きだ。
 
防衛増税を巡る高市首相の姿勢の変化の背景には、2つの解釈が可能だろう。第1は、積極財政政策による財政への信頼低下を映して、長期金利の上昇、円安進行が起こっている。この点に配慮して、高市首相が財政規律に一定程度配慮する姿勢を見せ始めた、という解釈だ。
 
これが正しいければ、長期金利の上昇、円安進行に歯止めがかかり、経済、金融市場の安定につながることが期待される。

防衛費のさらなる大幅積み増しの布石の可能性も

他方、第2の解釈は、防衛費増額への財源確保に前向きな姿勢を示すことで、さらなる防衛費増額への理解を広く得ることを狙った一種の布石である。高市政権は、2025年度補正予算案で、防衛費(関連費を含む)の名目GDP比を2年前倒しで2%にする防衛費増額を行った。今後は、防衛力強化計画を見直し、防衛費をさらに積み増す方向だ(コラム「防衛費のさらなる増額と国民負担の増加」、2025年11月5日)。
 
米ホワイトハウスがこのほど公表した国家安全保障戦略(NSS)では、日本を含む同盟国に防衛費を大幅に増やすよう求めている。また、トランプ大統領は、日本と韓国の両国について名指ししている。
 
今までも、水面下でトランプ政権は日本に対して防衛費をGDP比3.5%、あるいは5.0%とするように非公式に求めてきたとされる。それが実現すれば、10兆円~20兆円規模などでの予算の積み増しが必要になる。その財源を増税や歳出削減などで確保するのはほぼ不可能だろう。
 
防衛力強化のために所得税増税を高市首相が容認した真意が、果たしてどちらであるのか、そして新たな防衛力増強計画でどの程度の防衛費の積み増しがなされるのかは、金融市場の大きな関心事である。
 
仮に、大幅な防衛費積み増しの方向が見えてくれば、長期金利の上昇、円安はさらに加速し、金融市場は株安を伴う「トリプル安」「日本売り」の危機的様相を見せ始める可能性が出てくるだろう。
 
(参考資料)
「税制改正、積年の3懸案 防衛増税・扶養控除縮小・車体課税 与党税調、負担増どう結論」、2025年12月5日、日本経済新聞 
「防衛財源「最後のピース」所得増税、自民「異論なし」も割れる維新 与党の足並みそろうか」、2025年12月5日、産経新聞速報ニュース

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。