第7回では、第6回(従来の鉄道経済圏の課題と今後の差別化の方向性)で提示した「(1)ポイントプログラム:「貯める」ではなく「使う」で差別化」について具体案を提言する。
鉄道会社が競争力のあるポイント経済圏を確立するには、五大ポイント経済圏の「共通ポイント」のようにポイント付与の機会(シーン)を拡大するのではなく、鉄道各社の強みを活かして「使う側で差別化する」、具体的にはポイント利用先の魅力を高め「1ポイント1円以上の価値」を提供することが肝である。鉄道会社は運輸事業を中心とした固定費の高い事業構造であるため、繁閑状況などを勘案して「1円以上の価値」を提供することも十分に可能と考えられる(例:閑散期の新幹線乗車に関して、乗車料金によりも低いポイントで利用できるようにするなど)。今後の金利・物価上昇、インフレが想定される局面においては、その価値を大きく提供できる可能性があり、有効な差別化策となりうる。以降、鉄道経済圏のポイント競争優位の方向性について提言する。
鉄道経済圏のポイント競争優位の方向性
鉄道経済圏の拡大のために、五大ポイント経済圏の「共通ポイント」に対抗して利用可能箇所数(加盟店数)を増やし、駅ソト(市中)を中心とした「日常的にポイントを貯められるターゲットの幅広さ」で勝負するのは、鉄道会社の強みを活かしきれていない点で得策ではない。
ポイント経済圏は「ターゲット顧客の幅広さ」と「期待リターン(ポイントを利用・交換することで得られるリターンの魅力の高さ)」の高さが主な競争軸となる。「期待リターン」が高い例としては、航空会社のマイレージプログラムが挙げられる。鉄道会社は、航空会社と同様に“移動”を事業の軸とし、買い物や旅、金融・決済を提供する会社であり、「ターゲット顧客の幅広さ」の観点では航空会社を上回る。よって、鉄道会社の強みである”移動”の価値を中心に、「期待リターン」を航空会社のマイレージと同様に高められれば、競争優位を築けるのではないかと考える。その「期待リターン」をより効果的にするため、具体施策としては、以下の3つを提言する。
図表1:鉄道経済圏のポイント競争優位の方向性

出所:NRI作成
①モビリティ連携による移動価値の最大化
前述のとおり、鉄道会社の最大の強みである“移動”領域で圧倒的な差別化を図る必要がある。現在もポイントを割引乗車券に交換できる特典は提供されているが、この価値をさらに高め、より柔軟に運用していくことが必要である。
「利用者視点」に立つと、貯めたポイントを特定エリア内(各社の管掌事業地域)の移動にしか利用できないのは「事業者視点」であり、ポイントプログラムの魅力度を抜本的に向上させることに繋がらない。風土や気候などの日本の多様性をフル活用する観点で、北海道から九州まで全国の移動を可能にすることで、他の経済圏では提供できない鉄道経済圏独自の価値を創出できる。現に関東・近畿居住者を例に見ると、国内旅行消費額の約7割は居住地域以外での消費である。旅行先の選択肢を拡大させることで、”移動”価値の高いポイント経済圏を提供できる可能性がある(図表2)。
図表2:居住地・主目的地別の旅行消費額(2024年)

出所:観光庁 旅行・観光消費動向調査(2024年)
この施策の意義は、基本的に「1ポイント1円」の価値を提3供する五大ポイント経済圏と比して、航空会社の特典航空券のように運輸事業ならではの還元を提供できることに加え、相互連携によりその経済圏価値を最大化することにある。ゆえに長期的に目指すべき姿は、JR6社や私鉄各社との連携によるポイント経済圏での全国鉄道ネットワークの実現といえるが、現在は鉄道各社で自社ポイント経済圏を提供しているため、まずはポイント交換による連携が望ましい。
その実現の課題は、ポイント特典の売上配分やコスト負担の仕組みの構築にある。一般的なポイント交換では、ポイントの交換元が交換先にポイント発行コスト相当額を支払う仕組みになっている。しかし、「移動」に関しては主要都市にアクセスできる路線に特典の利用が集中し、鉄道会社間でコスト負担の不公平感が生じることが懸念される。例えばJR東日本とJR東海がポイント交換で連携する場合を想定すると、JR東日本のJRE POINTを貯めている関東在住の利用者がポイントでJR東海の東海道新幹線を利用して大阪旅行に行けることなる。この場合JR東日本は、自社負担で流通させているポイントが交換先のJR東海に流出し、ポイント発行相当額を負担することになりキャッシュアウトとなる。第5回で述べたように、自社サービスや加盟店での利用に対して、高い還元率で顧客の囲い込みを行っていた鉄道各社においては流出ンパクトは大きいため、JR東日本はJR東海へ送客した見返りとして手数料を一部割引してもらう、等の各社間で納得感のあるポイント交換スキームの構築が課題となる。一方で、JR東日本には、大阪に旅行したい関東圏の消費者がJRE POINTを貯めるためにJR東日本のサービスを利用するといった新規顧客獲得や利用単価・頻度の向上の効果が期待されるため、ポイント交換時の事業者間のやりとり比率である送客手数料の水準はデータに基づいた適切な設定が必要である。また、予想外のキャッシュアウトが発生した際、片方に過度な不利益が生じないように利用状況に応じて送客手数料をフレキシブルに変えるなどの運用上の仕組み、工夫も必要不可欠となる。将来的には、航空会社との連携により移動の選択肢を国外へ大幅に拡張し、真の「移動」経済圏を提供することが出来れば、経済圏としてより強固なものになる。その際は鉄道・航空各社の競争領域と連携領域を見極め、踏み込んだ連携スキームの検討が必要になる(図表3)。
図表3:ポイント交換の事業者連携スキーム例

出所:NRI作成
②長期プログラムによるLTV(Life Time Value)向上
地域に駅や路線を有する鉄道会社ならではの”安心感・信用力”といったブランドイメージを最大限活用してLTVの向上につなげることも有効である。具体的には、これまでは基本的に有効期限が定められていたポイント制度で貯まったポイントを有効期限までの短期間で利用していた。新たなプログラムとして、長期間貯め続けることでポイント価値が上がる制度である。例えば「5年間保有し続けたら2倍、10年間保有し続けたら4倍となり、鉄道移動を伴う旅行に利用できる」といった(1)長期のサービス利用・ポイント保有に利点がある仕組みや(2)会員ステータスが上がるような制度、に変えることで利用者との接点を長期化しながら囲い込むといった手法が考えられる。参考事例として(1)に関してカブ&ピースのサービス、(2)に関してJALのステータス制度を挙げる。
カブ&ピースは、電気、ガス、モバイル通信、インターネット回線、ウォーターサーバー、ふるさと納税といった生活インフラ関連サービスを提供し、サービスの利用者には利用金額に応じて同社の未公開株の引換券を付与している。証券口座の開設は不要で、引換券と交換して得た未公開株は同社が上場後に売却できる制度であり、生活インフラの利用という長期的なお付き合いに加え、株式を上場まで保有するという長期的な関係という長期のサービス利用と長期的な保有に対する期待リターンが高い。また、サービス提供と株式投資を組み合わせることで顧客と株主を一体化し、一般消費者がサービス利用に加えて出資も行い企業のサービスを育てていく循環をつくれている点が特徴的である。
JALでは、2024年1月にステータス制度を一新し、「JAL Life Statusプログラム」を開始した。この制度では、単年度の利用実績ではなく、生涯累積の利用実績を表すLife Statusポイントに応じて、ラウンジ利用や優先搭乗が可能になるステータス特典を永続的に付与している点にある。長期にわたるポイント積算を促進しつつ、一度獲得したステータスを生涯有効とすることで、ロイヤルティの向上を目指している(図表4)。
図表4:長期プログラムによるLTV向上事例

出所:株式会社カブ&ピース ホームページ、JALホームページよりNRI作成
鉄道会社は日常的な接点の多さと社会インフラを担う企業の安心感や信用力から、これらの長期モデルとの親和性が高く、鉄道経済圏が五大ポイント経済圏に差別化するための手法として有効と考えられる。鉄道会社のポイントも五大経済圏のポイントも「いつでも換金できる」という価値を訴求してきたが、「すぐには換金できないが、長期的に大きく増える」、「長期に利用することでステータスが上がる」という新しい価値観は、貯蓄から投資への意識が高まっている状況下において消費者に訴求しうる。例えば鉄道各社が提供する賃貸・分譲の不動産サービスは長期接点をもちやすい商品であるため、物件に住み続けていれば配当のような形で定期券や乗車券等の移動サービスの特典を受けられる、といった特典設計も考えられる。利用者にとっては、日々の鉄道や他サービスの利用でいつのまにかポイントが貯まり、それがいつの間にか増えていて、将来の鉄道旅行に利用するといった体験ができる。このポイントの長期プログラムは、鉄道という通学や身近なお出かけで日常的に利用する交通機関であることや駅ビル等での買い物などからも若年層との接点のきっかけにもなる可能性も期待できる。
③ステータス制度による特別感の演出
ポイントを貯める動機をつくる方法として、情緒的価値を高める方向性もある。航空会社のマイレージプログラムでは、飛行機の搭乗回数に応じて特典航空券に交換可能なマイルが積算されることに加え、ステータスを定義する別のポイントも付与される。後者のポイントの積算でステータスを高めることができ、最上位のステータスを獲得すれば、高級ラウンジ利用権やコンシェルジュサービスなどが付与される。これは飛行機利用時の利便性が高まることはもとより、飛行機の利用客や航空ファンなら多くの人が目指したくなる一種のステータスにもなっている。
鉄道会社にはこのような特別感の演出余地が十分にある。たびたび行列ができる切符販売窓口や駅ビル内レストランの優先案内、駅内のラウンジの利用権、観光列車の優先予約など、鉄道ならではの特別体験や優遇サービスを提供することで、鉄道ヘビーユーザーや鉄道ファン等、移動の利便を重視する実需層を惹きつけられるのではないだろうか。また、航空会社のマイレージプログラムには、JALグローバルクラブ(JGC)やANAスーパーフライヤーズ(SFC)のように、一度上級会員資格を獲得すると、年会費を支払うことで半永久的に上級会員特典を享受できる制度があり、サービス利用の強力な動機となっている。そのため、航空会社のマイレージプログラムには、上級会員資格獲得を目指して意図的にフライトを重ねる「マイル修行」という文化が確立されている。これは、特典の魅力と永続性があるからこそ成り立つと考えられるため、鉄道会社のポイントプログラムにも取り入れるべきと考える。
さらに将来的には、鉄道会社間で連携して、日本の”鉄道ブランド”を活用したステータス制度を提供できないだろうか。鉄道利用者・鉄道愛好者の誰もが目指したくなるような全国の鉄道事業者の公式ステータスとしてブランディングしつつ、全国津々浦々での鉄道利用をステータスアップの条件の一つとすることで、鉄道全体の需要を創出できると考えられ、鉄道業界全体に裨益する施策になる。ただし、その際には図表3で触れた連携スキームの構築が実現の大きな障壁となるため、負担者と受益者のアンバランスを解消する送客手数料の算定が重要な論点になるだろう。
連載第8回(続可能な移動需要を促す仕組みづくり/総論)に続く。
関連資料は連載第8回(持続可能な移動需要を促す仕組みづくり/総論)のコラムからダウンロード可能となりますので、引き続き連載コラムおよび資料を是非ご覧ください。
プロフィール
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渡會 竜司のポートレート 渡會 竜司
アーバンイノベーションコンサルティング部
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細井 隼のポートレート 細井 隼
アーバンイノベーションコンサルティング部
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