メドテックコラムは、コンサルタントが企業に共通する課題をとらえ、考察したことを読者のみなさまと共有することを目的に執筆し、連載でお届けする。今回は、急速な進化を遂げる「生成AI」がヘルスケア業界にどのような変化をもたらしつつあるのか、その現在地と未来について考察する。
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)および周辺技術の進化は、医療文書の自動作成や研究開発の加速など、多岐にわたる解決策を提示している。本稿では、製薬企業や医療現場における具体的な活用パターンを概観し、その活用に不可欠な技術基盤、国内製薬企業の先進事例、そして実用化に際したリスクと対策について包括的に解説する。
第1章 ヘルスケア業界における生成AIの活用パターン
近年、LLMは自然言語処理をはじめとする幅広いタスクを高精度で実行できるようになり、従来は人手で行われていた高度な知的業務の補完や代替が進んでいる。慢性的な医療従事者不足、急速な医療技術の進展といった構造的課題に直面するヘルスケア分野において、生成AIは業務プロセスを再定義する技術として注目されている。活用パターンは以下3領域に大別される。
1. 企業における研究・開発の効率化
膨大なデータ解析や文献調査を伴う研究開発は、生成AIの恩恵を最も受ける領域の一つである。大量の科学論文や特許情報、実験データを高速で解析・要約し、必要な知見を抽出することで、研究テーマの選定や文献レビューの時間が大幅に短縮される。
製薬企業の研究開発においては分子設計や薬剤候補の生成などで生成AIが活用される。AIが化合物の構造や性質を予測し、最適な候補分子の設計を支援することで、初期開発段階の効率化と期間短縮が実現する。臨床試験においても、患者データの匿名化、解析レポートの自動作成、試験デザインの最適化支援などに応用され、創薬の成功確率向上への貢献が見込まれている。
2. 企業における営業活動の高度化
製薬企業や医療機器メーカーの営業活動(MR活動等)においても、生成AIの導入が進んでいる。医師ごとに異なるニーズや治療方針に合わせ、製品データや論文情報、過去の提案事例を参照して最適化された提案資料を自動生成することで、営業担当者は短時間で高品質な資料を作成できる。
また、医療従事者からの技術的な質問やFAQ対応において、社内データベースや過去の文献を参照し、自然な文章で回答案を提示する仕組みも導入されつつある。これにより、情報提供の一貫性と迅速性が向上し、医療従事者との信頼構築に寄与するとともに、報告書作成などの事務作業削減も期待されている。
3. 医療現場における業務の効率化
医療文書の自動作成や問診補助といった領域においても、生成AIの活用が始まっている。診療記録(電子カルテ)や紹介状などの医療文書は、一定の形式がありながらも内容の個別性が高く、作成に多大な労力を要していた。生成AIを活用することで、音声入力やキーワードから自動で文章を生成・構成し、記録業務にかかる工数を大幅に短縮することが可能となる。診察中の音声をリアルタイムでテキスト化・要約してカルテに反映させるプロダクトも登場している。また、患者がタブレット等で回答した問診内容をLLMが要約して医師に提示するなど、問診業務の効率化も進んでいる。
図表1 ヘルスケア業界での生成AI活用パターン

出所)各社WebサイトよりNRI作成
第2章 活用パターンにより異なるLLM:汎用型と特化型
ヘルスケア業界で活用される生成AIの基盤となるLLMは、その設計思想や用途に応じて大きく「汎用型」と「医療特化型」に分類される。
汎用型LLM(GPT、Claudeなど)は、分野を問わず幅広い知識と自然言語処理能力を備えており、営業資料作成、会議議事録の要約、院内事務の効率化、業務フロー改善など、主に間接業務や非診療領域での有用性が高い。一方で、医学的専門性や厳密性の担保には限界があり使用上のリスクとなり得る。こうした課題に対し、近年では汎用LLMを医療用途に最適化する取り組みが活発化している。例えば、2026年1月にOpenAIが発表した「OpenAI for Healthcare」[1]では、汎用LLMを基盤としつつ、医師の協力のもと医療文書の処理や医療業務の支援を想定したチューニングが行われた。
加えて、汎用LLMの柔軟性を維持しながら医療分野での精度と信頼性を向上させるアプローチとして、「汎用LLM+RAG(Retrieval Augmented Generation)」の活用が広がっている。RAGは、関連性の高い医療文献、ガイドライン、診療記録などの記載内容を組み込んで出力を生成する方式である。これにより、モデルの回答が一次情報や最新のエビデンスに基づくものとなり、幻覚(ハルシネーション)や誤りの発生を抑制できる。米Amazonの「HealthScribe」[2]は、診療中の会話を自動で文字起こししたうえで主訴や治療方針などを抽出し、臨床ノートとして構造化する。この際、生成AIモデルにRAGを組み合わせ、該当する会話内容をエビデンスとして紐づけることで出力内容の正確性を担保している。
医療特化型LLMは、医学文献、臨床データ、ガイドラインなど専門性の高い情報を学習しており、医療現場に求められる精度・信頼性を重視した設計となっている。創薬における化合物の構造設計や仮説生成、論文の要約・比較、医療文書の作成・要約、臨床試験プロトコルの設計など、科学的な推論が求められるタスクや診療業務において活用されている。代表例としては、Googleが開発した医療特化型LLM「Med-PaLM 2」[3]が挙げられる。2023年には米国医師国家試験(USMLE)形式の問題において専門家レベルの性能を示し、注目を集めたことは記憶に新しい。
このように、汎用型と医療特化型は互いに補完的な役割を担いながら、ヘルスケア分野での活用範囲を拡大している。今後は、文章だけでなく検査結果や医用画像など多様な形式の情報を統合的に処理できるマルチモーダルLLMの開発も進み、ヘルスケア領域における生成AIの活用パターンはさらに多様化することが予想される。
図表2 ヘルスケア業界で活用されるLLMの概観

出所)NRI作成
第3章 国内製薬企業の先進事例
実際に国内企業はこれらの技術をどのように活用し、成果を上げているのか。製薬企業における具体的な先進事例を紹介する。
中外製薬株式会社
国内で先進的に生成AI活用を推進するのが中外製薬である。成長戦略「TOP I 2030」の要としてDXを掲げ、ChatGPTのトライアル開始からわずか1~2ヶ月で全社展開を完了させた[4]。初期は論文要約などの定常業務が中心であったが、奥田修CEOは「創薬力を含め全プロセスの生産性向上につながる」とし、AIと人間の役割分担を明確にしている。現在は、社内に眠る膨大な研究データやノウハウといった「知見のマイニング」に生成AIを応用し、独自の創薬研究を加速させることで競争優位を築く構想を進めている。
図表3 国内製薬企業の先進事例(その1_中外製薬の先進事例)

出所)https://www.chugai-pharm.co.jp/cont_file_dl.php?f=FILE_1_143.pdf&src=[%0],[%1]&rep=117,143
小野薬品工業株式会社
Microsoftの環境を基盤とした自社開発AI「OnoAIChat」を導入[5]。特にMRの業務支援に注力しており、海外文献の翻訳・要約やメール作成に加え、医療従事者の深層心理(インサイト)を探るための「壁打ち」相手としてAIを活用し、営業活動の質的向上を図っている。
その他の活用事例
小林製薬は社内AIチャットボット「kAIbot」を全従業員に導入し、新製品のアイデア創出や業務効率化のハードルを下げることでイノベーション文化を醸成している[6]。住友ファーマでは会議資料作成や議事録添削に活用しており、関連業務で20~50%の工数削減効果を確認している[7]。またロート製薬では新商品のブレスト、マーケティングメッセージの検討等に活用している[8]。
図表4 国内製薬企業の先進事例(その2_その他の主要各社における活用事例)

出所)各社プレスリリースよりNRI作成
第4章 生成AIのリスクと対策
生成AIは多様な恩恵をもたらす一方で、人の生命に関わるヘルスケア分野特有のリスク管理と規制対応が不可欠である。特に留意すべきは以下の点である。
第一に、事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション」のリスクである。誤った医学情報の提示は患者の不利益に直結するため、AI生成情報は必ず医療専門家が最終確認するという運用(Human in the loop)が絶対条件となる。特に、医師の記述を要約する際などに、重要な有害事象(副作用情報)をAIが拾い漏らしたり、誤って解釈したりするリスクについては十分な対策が必要である。
第二に、機密情報の漏洩リスクである。プロンプト(指示文)として入力した社内データや患者情報が、基盤モデルの学習材料として使われ、将来的に他社への回答として「にじみ出る」懸念がある。これに対しては、入力データが学習に利用されないセキュアな環境構築や、個人情報のマスキング処理が必須となる。
第三に、コンプライアンスリスクである。例えば、MRが医師向けの案内メールを作成する際、AIが学習データに含まれる未承認の効能効果を生成し、それをチェックせず送信してしまえば、規制(不適切な広告活動)に抵触する恐れがある。これらを防ぐためには、AIが参照する情報を承認済みの適正資料(添付文書や公式パンフレット等)のみに限定する技術的な制御や、生成物がガイドラインに適合しているか確認する審査プロセスの徹底が必要となる。
このように、生成AIの活用には「回答の正確性」「情報セキュリティ」「法的遵守」の観点での多角的なリスクマネジメントが求められる。
おわりに
本稿で概観したように、ヘルスケア業界における生成AI活用は、単なる構想段階を超え、具体的な成果を生み出すフェーズに入っている。中外製薬のような研究開発の革新から、各社における営業・バックオフィス業務の効率化まで、その応用範囲は多岐にわたる。
企業が活用を進めるにあたり、まずは論文要約や資料作成補助といった身近な業務からトライアルを行い、効果と課題を実感することが重要である。自社の課題解決ツールとして生成AIを捉え、スモールスタートで経験を蓄積することが、着実な第一歩となるはずである。
引用
- [1]OpenAIプレスリリース「OpenAI for Healthcare のご紹介」(2026/1/8)
- [2] AWS公式ブログ「AWS HealthScribe の紹介 — 患者と臨床医の会話から臨床文書を自動で生成」(2023/8/8)
- [3]Google Cloud Blog「ヘルスケア業界におけるジェネレーティブ AI に向けた責任ある取り組み」(2023/5/1)
- [4]中外製薬株式会社「中外製薬 (成長戦略『TOP I 2030』)」(2024/7)[https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/strategy/growth_strategy.html]
- [5] 小野薬品工業株式会社プレスリリース「小野薬品グループで生成AIの利活用を開始」(2023/6)
- [6] 小林製薬株式会社プレスリリース「小林製薬 国内全従業員がChatGPT活用へ」(2023/8)
- [7]住友ファーマ株式会社プレスリリース「生成AIを用いたチャットツールの全社運用」(2023/5)
- [8] 株式会社エクサウィザーズプレスリリース「人や社会をWell-Beingへと導くロート製薬がexaBase IRアシスタントを導入」(2025/3/10)
プロフィール
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大久保 華子のポートレート 大久保 華子
ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部
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水谷 汐里のポートレート 水谷 汐里
ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。