&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

当連載コラムの第3回まででは、大きな事業環境変化と7つの骨太課題を提言した。また、第4・5回では、地方都市を対象に「中長距離交通体系のあり方」や「駅開発による移動需要作り」について運輸事業の観点から具体策を整理した。以上を踏まえ、第6・7回では鉄道事業以外の「非運輸(鉄道)」領域に焦点をあてて従来の「鉄道経済圏」の課題と今後の方向性について整理し提言する。第8回(持続可能な移動需要を促す仕組みづくり/総論)では、鉄道各社の根幹である「移動需要づくり」に関して、第5回(駅を生かした地域の移動需要づくり)で述べたハード起点以外の視点で提言するとともに、「総論」としてのとりまとめを行う。

鉄道会社の直近10年の成長モデル

日本の鉄道会社は、本格的な人口減少時代に突入したことを受け、各社の事業エリアにおける人口動態の違いはあるものの、鉄道を中心とした運輸事業の需要減少に対応する形で、不動産事業を中心とした「非運輸(鉄道)」領域に投資して事業を成長させてきた。過去10年間の主要鉄道各社の運輸事業の営業収益はコロナ禍で大きく落ち込んだ後、直近では需要は回復基調にあるものの、直近10年間でほぼ横ばいで推移している(図表1)。一方、多くの鉄道会社の「非運輸(鉄道)」領域の中で、「不動産・ホテル事業」セグメントの営業利益が占める割合が、直近10年で増加している(図表2)。また、「流通・サービス事業」セグメントに関しては、JR東日本やJR西日本、阪急阪神ホールディングスが大きく成長しているが、これは主要ターミナル駅の再開発や百貨店の建て替え・リニューアルによるものと考えられ、広義での不動産事業への投資と整理することができる。

図表1:主要鉄道各社の運輸事業の営業収益の推移

出所:各社IR資料

図表2:主要鉄道各社のセグメント別営業利益割合の変化

出所:各社IR資料より引用(運輸、流通・サービス、不動産・ホテル、建設事業以外のその他セグメントは除く)

直近10年間の事業ポートフォリオの変化や新型コロナウイルスのまん延に伴う移動の自粛やテレワークの浸透による大きな営業赤字などが起因し、鉄道各社は運輸事業に過度に依存しない多様なポートフォリオ構築を中長期的に計画している。例えば、JR東日本では、中長期ビジネス戦略「Beyond the Border」およびグループ経営ビジョン「勇翔2034」の中で、非運輸(鉄道)収益の割合を増やす従来の考え方を拡張し、「鉄道・生活サービスの二軸経営」を打ち出している。
鉄道各社にとって、今後「非運輸(鉄道)」領域を拡大するためには、駅や周辺施設の再開発・リニューアルによって駅利用を促すとともに、自社の「不動産・ホテル事業」、「流通・サービス事業」への利用を促進することが重要になる。鉄道各社は、交通系IC(Suica、PASMOなど)、クレジットカード(例:J-WESTカード、ビューカードなど)の決済に加え、多くの鉄道会社は、ポイントプログラムを通じて、自社沿線内の不動産(駅ビル、ホテル等)、スーパー、百貨店などと連携し、顧客の生活全般をカバーする「経済圏」を築いて顧客の囲い込みを図ってきた。鉄道会社のポイントプログラムは、他のポイントプログラムと異なり、鉄道利用や定期券購入でポイントが貯まる独自性があることに加え、クレジットカードで駅ビルテナントを利用する際や交通系ICにチャージする場合に高いポイント還元率を付与するなど、高い還元率を付与して自社の商品・サービスの利用を促すことで経済圏を拡大してきた。ただし、鉄道経済圏の形成は鉄道利用や駅ナカ、駅周辺などが中心であり、駅ソト(市中)に経済圏が拡大できているか、加盟店を増やせているかといえば十分とは言えない。また、鉄道事業と非鉄道事業の連動性が非常に高く、鉄道利用者が減ると非鉄道事業の収益も合わせて落ち込んでしまうことも、コロナ禍期間の業績によって明らかとなった。
直近では、コロナ禍でのQRコード※決済(PayPayなど)の台頭によって市中の加盟店開拓に後れを取り、交通系ICの決済シェアが減少している(図表3)。また、QRコード決済、クレジットカードの決済手段を持つ五大ポイント経済圏(楽天ポイント、Vポイント、dポイント、Pontaポイント、PayPayポイント)が日常生活に密着した幅広いサービス領域(EC、通信、決済、銀行、証券、モバイル・通信、エネルギー、旅行、エンターテインメント等)をカバーしたことにより、顧客が特定の経済圏内で多様なニーズを満たせるようになった。これにより、各サービス間の相互利用(クロスユース)が促進され、相対的に鉄道経済圏の存在感は薄れてきている。

  • QRコードとは、株式会社デンソーウェーブの登録商標です。

図表3:図表:電子マネー・QRコード決済の利用率

出所:NRI 生活者1万人アンケート調査(金融編)

以上の環境下において鉄道各社は五大ポイント経済圏と差別化し、営業収益・利益拡大に向けた取り組みを加速化する必要がある。第1回で触れた金利上昇が見込まれる今後については、今までのように自社資金(自己資本+金融機関の借り入れ)の活用を前提として不動産投資を行い、長期的に収益を拡大するモデルは容易ではないと考えられる。金利上昇下で不動産に投資を続けるために、「鉄道経済圏」をどのように拡大していくかは、今後の成長上の重要な論点といえる。以降鉄道経済圏と五大ポイント経済圏を比較し整理する。

鉄道経済圏と五大ポイント経済圏の比較

楽天やクレジット系大手などの五大ポイント経済圏は、貯めること自体を喜びとするコア会員(ヘビーユーザー)を多く抱え、ポイント獲得の最適化を目的に消費行動を集中させる傾向が強い。一方、鉄道会社の会員基盤は、老若男女ほぼすべての年代・属性を横断している点が特徴である。日常の移動という必需行為にひもづくため、自然と(知らずに継続的に)ポイントが蓄積される。この裾野の広さは、経済圏としての潜在力であり、かつ他経済圏と差別化できる最大の武器といえる。
しかし、裾野の広さは両刃でもある。利用頻度は高いが、一人あたり平均購入単価やロイヤルティの濃度は薄く、ポイントを集中的に使うまたは経済圏内で消費させる動機づけが弱い。ここが五大ポイント経済圏との差であり、経済圏として成立させるために埋めるべきギャップでもある。
そもそもポイント経済圏が機能するためには、以下の要件が必要と考えられる。

  • 会員の「貯める・使う」サイクルが回ること(流通額の循環)
  • 会員数×エンゲージメントの掛け合わせでスケールを得ること
  • 加盟店・サービスの密度と魅力が十分であること(選択肢の豊富さ)
  • フロー(日々の消費)だけでなくストック(保険や投資等の金融商品等)までカバーすること

現状のギャップは明瞭である。会員数の裾野(老若男女ほぼすべての年代・属性)はあるが、鉄道利用以外での加盟店利用での差別化が弱く、新規の加盟店開拓は困難を伴う。また、ドラッグストアなどの流通・サービス事業の大手に関しては、既に五大ポイント経済圏に押さえられており、駅ソト(市中)での利用を増やすインセンティブが消費者側にない。
鉄道経済圏は日常消費の中で優先的に消費を誘導する魅力的なオファーが不足しているといえる。さらに、楽天やVポイント等の五大ポイント経済圏が強い理由は、EC・金融・実店舗の横断的な受け皿を早期に作り、ポイントの利用先が極めて多彩で換金性・利便性が高い点にある。つまり、貯める価値が分かりやすく保障されている。以上を踏まえて、鉄道経済圏の今後の方向性について提言する。

鉄道経済圏の成長に向けた今後の方向性

(1)ポイントプログラム:「貯める」ではなく「使う」で差別化

鉄道経済圏は「貯める側で競う」のではなく、「使う側で差別化する」ことが有効である。具体的には、ポイントが鉄道利用によって貯まり続けるという特性を活かし、使う動機を生むための独自体験(会員権、タイムシェア等の体験型サービス、限定イベント、長期型のリワード等)を設計する。また、会員区分を単なるランク付けに留めず、地域・期間・目的に応じたアクセス権や滞在特典を付与することで、日常の移動ポイントを地方の体験へと転換する。不動産・住宅という本来長期的な関係を持つサービスの接点を活かして、住宅事業の顧客へのポイント還元により短期的な移動を創発することも考えられる。この方針は、単なる販売促進的なポイント還元とは異なり、ポイントを消費の入口ではなく体験の鍵に変える発想である。そのために以下が有効と考える。

  • モビリティ連携による移動価値の最大化
  • 長期プログラムによるLTV(Life Time Value)向上
  • ステータス制度による特別感の演出

(2)移動需要づくり:魅力的な「目的地」を維持する投資スキームの構築

第5回の「駅開発・リニューアルによる移動需要作り」で駅を中心としたハード整備の必要性については具体策を整理した。駅や旅の目的地にある観光・宿泊施設等に関する整備を継続的に実施し、魅力的な「目的地」を維持するためには、目的地そのものへの投資(自己資金以外を含む)を拡充する必要がある。そのために以下が有効と考える。

  • 魅力ある施設(滞在価値のある宿泊、体験型商業、地域産業の発信拠点)の創出
  • ファンドやクラウドファンディング、第三者の資本(金融機関からの借入れや自己資本以外の資本)」の活用による投資スキームの多様化(自社リスクを分散しつつ、収益機会を提供して地域を育てる)
  • 会員制やタイムシェアと結びつけた長期的な滞在需要の喚起
  • AIエージェントを活用した目的地への送客

「目的地が魅力的であれば、人は行く」、ここで鉄道会社が持つ中核駅のリアルアセットと長期志向・信頼のブランドは強みになる。また、AIエージェントを活用することで、各会員の趣味嗜好に合わせた目的地やルートを提案できれば、さらに送客の確度は向上する。
鉄道経済圏の成長のためには、会員基盤の裾野を活かして「使う」価値を創出し、同時に魅力的な目的地へ過度に自己資金を使わずに投資するスキームの二本柱が有効である。
上記(1)(2)の具体的な内容は第7回(鉄道会社独自の経済圏の将来像)、第8回(持続可能な移動需要を促す仕組みづくり/総論)でそれぞれ整理する。

連載第7回(鉄道会社独自の経済圏の将来像)に続く。
関連資料は連載第8回(持続可能な移動需要を促す仕組みづくり/総論)のコラムからダウンロード可能となりますので、引き続き連載コラムおよび資料を是非ご覧ください。

プロフィール

  • 渡會 竜司のポートレート

    渡會 竜司

    アーバンイノベーションコンサルティング部

  • 時丸 耕太のポートレート

    時丸 耕太

    アーバンイノベーションコンサルティング部

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。