&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

本連載の第1回では、デジタル化プロジェクトを進めていくにあたって直面する問題とそれを解決するためのデジタル化推進ガイドの全体像について紹介しました。第2回から第6回では、デジタル化プロジェクトで直面する5つの主要課題を取り上げ、具体的な解決方法を解説していきます。
第3回では、企画時に立てた「仮説」の検証が重要であるという考え方のもと、プロジェクトの目標や特性に応じた仮説検証アプローチの選択、さらに直面する課題解決のための体制面と連携の仕組みを組み込んだプロセスの重要性について、詳細に解説します。

仮説検証の重要性

既存事業の変革や新たなサービス開発を目指すデジタル化プロジェクトでは、企画段階で新しいアイデアを創出し、その実現に向けてプロセスを進めていきます。しかし、新しいアイデアをシステムとして実現するためには、従来のシステム化プロジェクトと異なり、ユーザーニーズや技術的実現性、事業性など様々な不確定要素が存在します。
それらが不確定のままシステム開発を行ってしまうと、市場ニーズとのミスマッチや技術的な困難さ、コスト面での課題などに直面し、最悪の場合、プロジェクトを中止せざるを得ないという事態に陥りかねません。
そうならないためには、不確定要素それぞれについて「仮説検証」を通じて、明らかにしていく必要があります。すなわち、不確定要素に対して仮説を立て、それが正しいかをPoC(概念実証)を通じて検証していきます。
仮説検証は、開発するサービスやシステムの仕様を決定づけるものであり、ビジネスの成功と失敗を分かつ非常に重要なプロセスです。

仮説検証のアプローチ

新しいアイデアに対して何を検証し、明らかにするかによって、とるべきアプローチは異なってきます。それぞれの特徴や得意分野を考慮したうえで、どのアプローチにするかを決定する必要があります。ここでの選択を間違ってしまうと、不十分あるいは間違った検証結果が出てしまい、開発するシステムの仕様が適切なものにならなかったり、仮説検証をやり直すなどの手戻りが生じてしまったりします。
仮説検証には、アイデアをどのような観点で評価するかによって、いくつかのアプローチがあります。代表的な3つのアプローチについて説明します。

  • ユーザー起点アプローチ
    このアプローチは、UI/UXデザインの専門性を持つデザイナーが主導します。代表的なフレームワークとして「デザイン思考」があります。開発するサービスやプロダクトのユーザーの課題や不満点、そして求める価値や利点に着目し、インタビューや観察を通して、潜在的なニーズを捉え、それらを実現するソリューションのアイデア仮説を導き出します。そして、この仮説を再度ユーザーに問い、検証を繰り返していきます。ただし、このアプローチはユーザーのニーズを定性的に探索することは得意ですが、定量的な分析やインサイトの獲得には向いていません。別途データに基づく定量的な観点での検討が必要となります。
  • データ起点アプローチ
    データを分析したり可視化したりしながらアイデア仮説を立て、様々なデータ分析を行い検証していくアプローチです。データサイエンティストが主導する場合に用いられます。定量的な仮説検証は得意ですが、ユーザー体験を考慮したり、具体的なソリューションに落とし込んだりする際には別途プロダクト目線からの検討が必要となります。
  • プロダクト起点アプローチ
    このアプローチは、開発者やプロダクトマネージャーが主導し、高速にプロトタイプやモックアップを作成しながら、アイデアの具体化・要件定義を進めていきます。短期間でのフィードバックループを通じて、要件や仕様の妥当性を具体的に明らかにすることに強みがありますが、技術起点・実装起点になりやすく、ユーザーニーズや事業性を軽視するリスクがあるため、他の観点との連携が重要です。

現場におけるマネジメント上の問題

仮説検証にはユーザー起点・データ起点・プロダクト起点といった複数のアプローチが存在し、それぞれに強みと限界があります。しかし実際の現場におけるプロジェクトでは、こうしたアプローチを適切に組み合わせて活用する設計がなされていないことが少なくありません。その結果、特定のアプローチだけに依存し、仮説検証の視点が限定されたまま進行してしまうプロジェクトが多く見受けられます。
仮説検証がうまく機能しない要因をマネジメントの観点から整理すると、大きく2つの問題に分類できます。

  • 人材マネジメントの問題
    実際の現場では、適切なアプローチが選択されていない場合も少なくありません。なぜ間違ったアプローチが選択されてしまうのでしょうか。仮説検証を主導する担当者が必ずしも3つのアプローチすべてに精通しているわけではないため、自分が得意とする検証アプローチしかできなかったり、こだわってしまうことが挙げられます。つまり、どのアプローチが有効かではなく、誰が仮説検証を主導するかによって決まることが多いのです。
  • コミュニケーションマネジメントの問題
    さらに、問題となるのは、1つのアプローチだけで、検証すべき項目をすべてカバーできることが少ないということです。検証項目は多岐にわたります。そのため、複数のアプローチによる検証を並行して行ったり、前の検証結果を受けて別のアプローチで検証を行ったりする必要が出てきます。つまり、あるアプローチ専門の担当者だけで実施するのではなく、別のアプローチの専門家の参加が必要です。しかし、複数のアプローチ(専門家)間の連携は十分にできていないことが多く、検証結果を複合的に評価することを難しくしています。

問題解決のための適切なプロセス設計

上記の問題は、適切なプロセス設計が解決の鍵となります。全体プロセスの最適化、効果の最大化を図るために、プロセスの中に必要なタスクを必要なタイミングで組み込んだり、仕組み化を行ったりすることが必要です。

1.企画段階での仮説検証体制の組成

プロジェクトリーダーの専門性によって仮説検証アプローチが決まってしまい、十分な仮説検証ができていないという問題を指摘しました。これに対しては、複数のアプローチを組み合わせて仮説検証を行うことで解決可能と考えられます。しかし、闇雲にアプローチを増やすだけでは効果は得られず、むしろ混乱に陥ってしまいます。
この問題を回避するには、どのアプローチを組み合わせるのか、どのようなタスクを実施するのかを事前に計画するタスクを企画段階のプロセスに組み込んでおくことが重要です。これらを仮説検証フェーズに入ってから検討し始めても手遅れになります。検証アプローチの検討や専門家のアサインを後回しにすると、場当たり的な進行や意思決定の遅延、タスクの抜け漏れといった問題を引き起こしかねません。
したがって私たちは、これらの計画を企画段階で先回りして行うべきタスクと位置づけています。プロジェクト開始時点で、最適な仮説検証体制を計画・設計し、必要な専門家を確保し、共通の目的と前提を関係者間で共有しておくことが、後のプロセスを円滑に進めるうえで重要です。

2.アプローチ特性を考慮した専門家連携の仕組み構築

仮説検証において、複数のアプローチを採用した場合、最終的には、それぞれで導き出した結果を基に、複合的な観点で評価しなければなりません。そのためには、それぞれのアプローチを先導する専門家が、それぞれの考えでバラバラに実施するのではなく、うまく連携しながら進めることが重要です。
しかし、「連携して進めてください」と伝達するだけでは、何をどうすればいいのかが曖昧なため、十分な連携が行われないのが実情です。したがって、どのような連携をどんな方法で行うべきかについて明確化したうえで、それを仕組みとして仮説検証プロセスに組み込む必要があります。
仕組み化にあたっては、アプローチ間で足並みを揃えて進めることと、それぞれのアプローチの効果を最大化することを両立させることが重要になります。仮説検証プロセスの初期段階では、各アプローチに共通する部分が多いため、前提やデータ、進め方などについて、共通認識を作り上げます。その後、各アプローチによる検証段階では、検証や評価の手法が大きく異なるため、それぞれが独立して進めることによって、効果を最大化させます。これらの結果を複合的に評価することで、効果的な仮説検証を実現できます。

おわりに

デジタル化プロジェクトにおいて最適な仮説検証を行うためには、アプローチと専門人材の適切な選択、そしてアプローチ間の連携を仕組み化することが重要であると述べました。私たちのデジタル化推進ガイドでは、これらを全体プロセスの中で確実かつ一貫性をもって実行できるよう、企画段階にはプロジェクトに適したアプローチを検討するタスクを、仮説検証段階にはアプローチ間の連携を実現するための仕組みを構築するタスクを組み込んでいます。
今回は「プロセス」という観点からデジタル化プロジェクトの問題と解決方法を解説しましたが、これらは同時に企業の「組織運営」や「人材マネジメント」に関わる問題でもあります。具体的には、「デジタル化プロジェクトに最適な体制はどのようなチーム編成であり、どのような人材が必要なのか」、「既存組織の壁を越えて、どのように最適な人材を配置し、マネジメントすべきか」といった点の意思決定が求められます。
仮説検証段階は、プロセス全体の中でサービスやシステムのデジタル化の方向性を見定める非常に重要な位置づけです。このプロセスを一貫したガイドに沿って効果的に進めることが、デジタル化プロジェクト成功のカギとなるでしょう。

プロフィール

  • 辻 航平のポートレート

    辻 航平

    サービスデザインコンサルティング部

    デザインファームを経て2020年野村総合研究所に入社。
    これまでUI/UXデザイナーとして幅広い分野におけるデジタルサービスのUI/UXデザインを実践。新規サービスのデザインコンセプト創出、既存サービスのUI/UXデザイン改善、デザインシステム構築、デザインマネジメントまで一連のデザインコンサルティングに従事。
    HCD-Net人間中心設計専門家認定。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。